
「会社を継ぐなら、3年前から役員になっていないとダメ」――そんなルールが、事業承継の大きな壁になっていたことをご存知ですか?
2025年度(令和7年度)の税制改正で、この「3年ルール」が大きく緩和されました。中小企業の後継者や個人事業主の跡継ぎにとって、事業承継がぐっと身近になる改正です。詳しく見ていきましょう。
そもそも事業承継税制って何?
日本の中小企業は今、深刻な後継者不足に直面しています。経営者の高齢化が進む一方で、跡を継ぐ人が見つからない。そんな状況を打開するため、政府は強力な支援策を用意してきました。それが「事業承継税制」です。
この制度には、大きく分けて二つあります。
**法人版事業承継税制(特例措置)**は、中小企業の自社株を後継者に贈与・相続する際、本来なら発生する贈与税や相続税を猶予し、一定の要件を満たせば最終的に免除する制度です。
個人版事業承継税制は、個人事業主が事業用の土地や建物、機械などを後継者に贈与する際、やはり贈与税を猶予・免除する制度です。
どちらも「事業を次の世代にスムーズに引き継ぐために、税負担を大きく軽減する」という点で共通しています。要件を満たし続ける限り税金が猶予され、一定の場合には免除される――非常に強力な支援策なのです。
何が問題だったのか?「3年ルール」の壁
ところが、この制度には大きなハードルがありました。それが「3年ルール」です。
法人版の問題:役員に3年いないと使えない
法人版事業承継税制で贈与税の納税猶予を受けるには、後継者が「贈与の日まで引き続き3年以上、会社の役員であること」が条件でした。
これが何を意味するか、考えてみてください。
この特例措置には期限があります。令和9年12月31日までに贈与を行わなければならないのです。そこから逆算すると、遅くとも令和6年末までには後継者を役員に就任させておかないと、制度が使えなくなってしまう。つまり、実質的な「前倒しの締切」が存在していたのです。
でも、事業承継って、そんなに計画通りにいくものでしょうか?
たとえば、こんなケースを想像してみてください:
- 経営者が突然の病気や事故に見舞われ、急いで事業を継がせる必要が出てきた
- 外部から優秀なプロ経営者を招こうとしていたが、急遽、家族が継ぐことになった
- M&Aで会社を売却する予定だったが、交渉が破談になり、親族に継がせることに切り替えた
こうした「予定外の事業承継」は、決して珍しくありません。でも、3年ルールがあると、どんなに急いでも制度が使えないのです。
個人版の問題:事業に3年従事していないと使えない
個人事業主の場合も、似たような問題がありました。
個人版事業承継税制で贈与税の納税猶予を受けるには、後継者が「贈与の日まで引き続き3年以上、その事業に従事していること」が条件だったのです。
たとえば、医師のお子さんが大学病院で研修を積んだ後、親の診療所を継ぐことになったとします。でも、帰ってきてすぐに診療所を譲り受けようとしても、3年経っていなければ制度が使えない。その間に親に何かあったら? 制度を使えないまま、多額の税金を払うことになってしまいます。
2025年度改正で何が変わったのか?
令和7年度の税制改正は、この「3年ルール」を大きく緩和しました。
法人版:「3年以上役員」→「役員であればOK」に
改正後は、「贈与の直前において役員等であればよい」という扱いになりました。
つまり、就任してからの期間は問われなくなったのです。極端な話、今月役員に就任して、来月贈与を受けても構いません。これなら、急な事業承継にも対応できます。
経営者が突然倒れたとき、すぐに息子さんや娘さんを役員にして、そのまま株式を贈与する――そんなことが可能になったのです。
個人版:「3年以上従事」→「従事していればOK」に
個人版も同様に、「贈与の直前において特定事業用資産に係る事業に従事していればよい」に変わりました。
医師の例で言えば、大学病院から親の診療所に戻ってきて、診療に従事し始めたらすぐに贈与を受けることができます。3年待つ必要はありません。
なぜ今、この改正なのか?
この改正の背景には、切迫した事情があります。
団塊世代の経営者が、まさに今、引退のピークを迎えつつあるのです。「あと数年で引退」という方が大勢いらっしゃいます。でも、後継者が決まらない、あるいは決まっても税負担が重くて承継できない――そんな理由で廃業を選ぶ会社が増えています。
政府としては、「形式的な3年要件」よりも「事業を継続させること」を重視したい。急な承継にも対応できるようにして、廃業を少しでも減らしたい。そういう政策意図が、今回の改正には込められているのです。
でも、注意点もある
「これで誰でもすぐに使える!」と思われるかもしれませんが、いくつか注意すべき点があります。
注意点1:特例承継計画の期限は変わらない
法人版の特例措置を使うには、「特例承継計画」という計画書を作って、都道府県の認定を受ける必要があります。
この計画の認定申請期限は令和8年3月31日までとされており、今回の改正でも延長されていません。つまり、計画の作成・提出は引き続き急ぐ必要があるのです。
役員就任の要件は緩和されましたが、計画自体は早めに出さなければなりません。
注意点2:承継後の要件は厳しいまま
入口の「3年就任・従事」の部分は緩くなりましたが、承継した後の要件は基本的に変わっていません。
たとえば:
- 承継後5年間は事業を継続しなければならない
- 雇用を一定割合(原則80%)維持する努力が求められる
- 後継者が株式を保有し続け、経営を継続する必要がある
こうした要件を満たせなくなると、猶予されていた税金と利子税をまとめて納めなければなりません。その額は、場合によっては数千万円、数億円にも及びます。
注意点3:「とりあえず使っておこう」は危険
要件が緩和されたからといって、安易に使うのは禁物です。
将来、会社を売却する可能性はないか? 廃業する可能性は? 役員構成や雇用を維持できそうか?――こうした点を含めた長期的なシミュレーションが必要です。
「とりあえず贈与しておけば税金が免除される」と思って使ったものの、数年後に要件を満たせなくなって多額の税負担が発生した、というケースも起こり得ます。
ですから、事業承継税制を使う前には、必ず税理士や公認会計士などの専門家に相談してください。あなたの会社の状況、家族の状況、将来の計画を総合的に検討したうえで、本当にこの制度を使うべきかを判断する必要があるのです。
まとめ:チャンスは広がった、でも慎重に
2025年度税制改正で、事業承継税制の入口は確実に広がりました。「3年ルール」が緩和されたことで、急な事業承継にも対応しやすくなったのは事実です。
でも、この制度は「使えば必ず得をする魔法の杖」ではありません。長期的な視点で、慎重に検討する必要があります。
もしあなたが中小企業の経営者で、事業承継を考えているなら。あるいは個人事業主で、そろそろ跡継ぎに事業を譲ろうと思っているなら。
今回の改正は、あなたにとって大きなチャンスかもしれません。ただし、そのチャンスを活かすには、正しい知識と専門家のサポートが欠かせません。
まずは税理士に相談してみてください。「事業承継税制について話を聞きたい」と伝えれば、あなたの状況に合わせた具体的なアドバイスをもらえるはずです。なかなか周りに税理士などの専門家が見つからない場合は、弊所でもご紹介することができます。
事業を次の世代に引き継ぐこと。それは、あなたがこれまで築いてきたものを未来へとつなぐ、とても大切な仕事です。今回の改正が、その一助となることを願っています。








